ライブレポ

さすらいヲタ記者旅情編 ひめキュンフルーツ缶・ツアーファイナル「松山サロキ・物語の目撃者」

2015年05月23日 07時00分

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 前日のツアーセミファイナルでは少し噛み合わなかったようにも思えたアンコールの「ひめキュン」コール。ファイナルでは、ファン一体となって会場を包み込み、ひめキュン再登場の一曲目は『キミノミライ』。またも悪魔のようなセットリスト!! 文字通りひめキュンの「キラーチューン」である『キラーチューン』。それまでの盛り上がりが一転して静まり返り、体中から立ち上っていた湯気がひんやりしたものとなり、終わりの刻を肉体的にも告げられる『バズワード』。そしてしんみりしたままじゃ終わらせない! とのごとく、再び会場を熱気で覆う『例えばのモンスター』で大団円。と、思いきや、そのまま去っていくひめキュンメンバー。いつものカーテンコールがないとなるや、再び、響き渡るひめキュンコール。新曲『覚醒ミライ』で、長かったHimeKyun“DENGEKI”Tour2015が、そして長かったツアーファイナル公演が、幕を下ろした。

 ライブ終了後は伊賀社長から5人へ花束の贈呈。そして、5人それぞれがツアーの感想を話す。

 菊原の「伊賀社長にキツいことを言われたけど、ファンの人に良くなってる部分を褒められたことで、成長を感じられた」というコメントへの伊賀社長の「その時は分からないであろうこと……おそらく一年後とかにならないと分からないことも言う。でも、それを信じて、ついてきてくれれば必ず成功するから」というやりとりも素敵だったし、奥村の「しなきゃいけないこともあるのに、したらいけないこともたくさんあるから、もう何もしたくないなーって思うこともあったけど、ライブの時は全部忘れて幸せな気持ちになれた」という普段のポーカーフェイスキャラからは想像しづらい心情の吐露も素敵だった。ただ、僕が個人的に一番印象に残ったのは、リーダー・谷尾の、ツアーを通して「強くなった」という言葉。特にシングルのリリースイベントと重なった時期は、ファンの前に姿を現すライブやイベントのスケジュールだけ見ても、その過酷さがうかがい知れた。実際、谷尾のブログから、そんな疲労がにじみ出ている時もあった。

 しかし、そのツアーをやり遂げた5人には、「強くなった」という言葉を裏付けるように、確かな変化があった。前回のツアーファイナルでは、伊賀社長が口にしたボーカルなどの成長に対する「まあまあ出来たんちゃいますか?」というぶっきらぼうながらも暖かい賛辞に、“宇宙人”奥村真友里以外のメンバーが涙ぐんだり、顔を覆っていたけれど、今回は誰一人泣かなかった。その変化は、谷尾が言うようにツアーで培った強さ、そして、サロンキティでツアーファイナルを成功させたくらいで泣けるか、という5人の強い意志によるものではないだろうか。

 「ひめぎんホールでライブをしたい」というグループとして統一された目標以外、それほど夢や目標について声高に語ってはこなかったように思える5人は、最近、頻繁に貪欲さを見せるようになった。「売れたい」と分かりやすく口に出す機会が増えた。今までなら満足していた状況でも、決して納得せず、さらなる高みに上りたいという意志が、5人を一年前の姿から変えたのだと思う。

 ツアーが終わり、改めて感じた。ひめキュンは頑なまでに、“物語”に頼ることをしない。ツアーファイナルも、おおげさに感動を煽るような演出は一切なし。ミストのようなものをメンバーが噴射したりといった普段と違う演出はあったものの、あくまでも本分であるライブを引き立たせるための演出。

 そう、ひめキュンフルーツ缶はいつだって“素手”だ。その偶像を、より大きく見せるための過剰な“物語”という“武器”を持たない。

 「◯◯しなかったら~」という物語。ワンマンライブの回数を絞って、その分キャパを少しずつ大きくしていく物語。オリコン◯位を目指す物語。そして活動の軌跡をことあるごとに喧伝する文字通りの物語。

 そういった“物語”は、ひめキュンに馴染まない。もちろん5人のこれまでの軌跡は、充分にファンの心を動かす“物語”かもしれない。しかし、彼女たちはそれを“武器”にはしない。ワンマンライブ、ツアー、定期公演……ひめキュンのライブをじっくり観ることができる機会は頻繁にあり、飢餓感を煽られるようなこともない。CDを闇雲に売ることに、それほど積極的でもない。

 その代わり、全国各地をただただライブをするために駆け巡る。次から次へと新曲を発表し続ける。ライブのセットリストも毎回変わる。100曲近くの持ち歌があるひめキュンだからこそできることだけれど、ツアーで歌われた曲は総計60曲超! ツアーに毎回参戦していたとしても、常にセットリストが変わるため、新鮮にライブを楽しむことができる。

 長らく歌われてこなかった『絶望の風』が長野ライブハウスJで唐突に披露されたり、バリキュンイベントでしか歌われないものとファンは思い込んでいたであろう『恋のBRKN!!』が盛岡Club Change WAVEで披露されたり、常に新鮮なセットリスト。“物語”を作り出すことには無頓着でも、その分のエネルギーをいかにライブ自体をファンに楽しんでもらうか、ということに全力を注いでいるのが、ひめキュンフルーツ缶というグループだと思う。

 ただし。だからこそ、さらなる大きな舞台に活躍の場を広げるには、“物語”という“武器”も必要なんじゃないか。そう思う気持ちがないか、といえば嘘になる。でも、松山サロンキティでのツアーファイナルでそんな思いは吹き飛んだ。

 ツアーファイナルのライブは最高だった。でも、同時に、今のひめキュンにとって、松山サロンキティという会場は、少々狭いのではないか、という気もした。ステージもフロアも。特にステージは、今の彼女たちが最大限のパフォーマンスを発揮する上では、窮屈そうにすら見えた(もちろんバンドメンバーがいたから、という大きな理由もあるだろうが)。

 5人は自身の力で、“素手”のままで、現在の活動の場ではひめキュンが収まりきらないことを証明し、より自分たちが似合うであろう場を求めて、その存在を大きくしようとしている。「売れたい」とはっきり口にするようになった、5人の、目標への答えがこのツアーファイナルにはあったように思う。

 そんな中、8月27日28日と、渋谷TSUTAYA O-EASTでの2DAYSライブをサプライズ発表。このスケジュールは平日の、しかも真っ昼間。絶対に会場を満員にしよう、という悲壮感や物語感あるものではなく、さらっと「会場空いてるからやっちゃおうか」と軽いノリで行われるかのような大会場でのライブ。ひめキュンの、“物語”からの解放感は、やはり心地がよい。

 松山サロンキティは、いつだって5人の還る場所であり、それは今までもこれからも決して変わることはないだろう。でも、それはゴールとは違う。さらなる大きな舞台に、5人が立つのを観たい。ツアーファイナル松山サロンキティ公演を観て、改めて、そう感じた。

 さらなる大きな舞台————ひめぎんホールという、夢の舞台に。もちろん、『ひめより男子』で“菊原ゆん”が言うように、ひめキュンにとっては、それすらゴールではないのだけれど。

ひめキュンフルーツ缶『TEAR DROPS』

薩摩剣十郎 文章を書くのが何よりも苦手な、中卒で中二病で中年と〝三中〟揃ったアイドルライター
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