コラム

乃木坂46 伊藤寧々は未来に跳躍する

2014年10月07日 07時00分

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 9月12日、体操仕込みのロンダートやバク転を得意とする乃木坂46の1期生・伊藤寧々が「新たな道に進むため」卒業することが発表された。最後の舞台となるのは10月5日~19日に行なわれる10thアンダーライブ。その18公演の中で、伊藤寧々が乃木坂46としての最後の輝きを見せている。

乃木坂46『何度目の青空か?』

「アイドルになりたい!」と強く願ったことのない寧々は、乃木坂46に入って自分のポジションに悩んだ時期もあった。根っからのサバサバした性格はアイドル向きではないんじゃないか……。その考えは、活動を続け、ファンと触れ合っていくうちに変わっていった。「全員が全員、アイドルっぽくなくてもいいんだ」。そう思うようになったのだ。
 
 寧々は乃木坂に入るまで、体操やフィギュアスケートに打ち込んでいた。個人競技なので己との戦いではあったが、他者に対しての競争心は希薄だったという。そのため、乃木坂46に入って2枚目のシングルまでは選抜に入れなくても「自分は自分だから」と気にすることはなかった。 
 
しかし、アンダー曲『涙がまだ悲しみだった頃』で初センターを務めた3枚目からは「もっと他人を意識したほうがいいかもしれない」と思うようになり、向上心が高くなっていく。4枚目の『制服のマネキン』をNHK『MJ』で披露した時は、得意のロンダートを披露した。そして、5枚目の『君の名は希望』で念願の選抜入りを果たす。「諦めなくてよかった」「他の道を考えたこともあったけど、まだまだがんばれる」。そんな想いを噛み締めるように、グループを代表する名曲を歌った。
 
 協力しあってひとつの舞台を作りながら個人闘争の場でもある『16人のプリンシパル』とは相性は良くなかったようだ。1回目(2012年9月)は、怪我(右足の小指骨折)のために途中から公演に出られなくなってしまう。舞台袖で「すぐ近くにステージがあるのに、なんでここにいるんだろう」と葛藤した。
 
 2回目となる『16人のプリンシパル deux』(2013年5月、6月)では、1回目に出ていないため感覚をつかむことに時間がかかってしまい、なかなか10役に入れず苦しい思いをする。東京公演の千秋楽で初めて10役に選ばれた時は、メンバー含めて会場中から祝福された。
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タグ: 乃木坂46